パンダ組の日常

~だんご三兄妹をめぐるカオスな日常~

悲しみの乗り越え方

※かなりの長文です

 

近しい人を亡くした時、人はどうやってその悲しみを乗り越えていくのでしょうか。

今から約一年前の私は、ネットでそんなことを黙々と調べるほどに酷くもがいていました。

 

父を亡くしてちょうど一年が過ぎ、今少しだけ新しい境地が開けてきたような気がします。

 

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父が大病を患ったのは今から20年以上前、私がまだ高校生の頃でした。

その時父は40代、今の私に毛が生えた程度の年齢です。

そして病気がわかった時、家族の誰もが死を覚悟しました。

 

 

それから過酷な闘病生活が始まりました。

手術に放射線治療に化学療法、フルコースです。

四半世紀前の治療ですから体に対する侵襲も今とは比べものにならず、それだけに後遺症も強く残りました。

しかし、強運かつ頑張り屋の父は奇跡的に病気に打ち勝ったのです。

まさに家族一丸となって勝ち取った命でした。

 

 

家族一丸と書きましたが、正直なところ私は何もしていません。

何もしていないどころか、弱かった私は完全にダメになってしまいました。

結果、大学受験を控えた身でありながらひたすら現実逃避。

今でこそ父の後を追ってか追わずか医者のハシクレとして働いていますが、ここに至るまでには多浪や中退を繰り返す、恥にまみれた人生を送ってきたのです。

 

しかしそうやって徐々に軌道から外れていく息子に割ける時間が無いほどに、我が家は父にかかりきりでした。

 

 

 

なんとか一命を取り留めた父でしたが、それからは再発の心配と後遺症に苦しむ毎日でした。

それでもフルタイムで仕事を続けていた父は立派だったと思います。

そしてそれを必死の形相で支えていた母。

少しでも免疫力を上げようと躍起になっていた母は、体に良いと言われるものを手当たり次第に作りました。

 

ある時舞茸エキスが良いという噂を耳にして以降、家に大量の舞茸が段ボール箱で送られてくるようになりました。それを大鍋で煮詰めて、真っ黒に濃縮された液体成分をスープとして飲ませるのです。

かなり手間のかかる作業ですし、なによりいつも舞茸の濃い臭いが漂います。

残った大量のガラは勿体ないので、味を付けてザーサイの様にして食べました。

だから我が家の食卓にはいつもしなびた舞茸の残骸が乗っかっていました。

息の詰まりそうな舞茸臭と延々続く残りかすの処理に、一時期舞茸が大嫌いになりました。

 

それでも母は数年に渡って舞茸を煮続けました。

それだけ追いつめられていたのでしょう。

他にも雑多な野菜を煮詰めて作る野菜スープや霊芝(キノコの一種)のスープなど、当時の我が家では常に何らかのエキスが抽出されていたように記憶しています。

 

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最も父の病気のあおりを受けたのは姉かもしれません。

おそらくは父の闘病のストレスが引き金となったのでしょう、父が病気になってから数年後に慢性の疾患を発症してしまいました。

 

これが中々の曲者で、毎日続く微熱に体力が削ぎ落とされると共に食事もろくに摂れなくなったため、体重は一気に30kg台まで落ち込んでしまいました。

そして、そのような状態が数年間続きました。

 

父ひとりだけでも限界に近かった我が家にとって、姉の病気が重なったことはまさに大打撃でした。

例えるなら、超大型台風の直撃を受けた傷跡が消えぬうちに未曾有の大地震に襲われたようなものです。

 

この家は呪われているのか??・・・・・幾度となくそう思ったことがあります。

それくらい精神的につらい日々でした。

 

 

さてその頃、進路をめぐってちょうど人生の岐路に立たされていた私は、あろうことかこのタイミングで当時通っていた大学院を中退する決意をしました。

もはや正常な判断ができなくなっていたのだと思います。

 

とにかくこのままではヤバい、ここで俺が一発逆転のホームランを打たなければこの船は沈んでしまう・・・・

 

本気でそう思っていました。

なんとしてでもこの家の風向きを変えたかったのです。

ついでに自分の人生も変えてしまいたかったのです。

 

 

大学院をやめると宣言した時、冷ややかな反応を見せる家族の中で(私には以前にも大学中退の前科があったので)唯一父だけが 嬉しそうでした。

私が自分の後を追いかけてきたように感じたのでしょう。

実際追いかけていた部分もあったのだと思います。

息子というものは、知らず知らずのうちに父の背中を追うものです。

 

周囲の説得にも耳を貸さず、私は大学院を休学して浪人生に戻りました。

すでにいい歳だった私は、これによって企業への新卒採用の道を完全に断たれました。

もう後が無くなったのです。

しかしあまりにもつらいことが多すぎて麻痺していたのか、今さら浪人に戻ることくらい屁でもないと思っていました。

実際には25歳を過ぎてからの浪人生活はなかなかに孤独でキツイものでしたが。

詳しい経緯に関しては思ひでシリーズ:再受験編にまとめています。

 

 

格通知が届いた日の家族の喜びよう、特に電話で報告した時の父のうわずった声は忘れられません。

皆心の中では「万が一受かるとしても数年はかかるだろう」と覚悟していたようです。

それくらいに誰からも期待されていなかった私がまさかの一発合格を決めたことで、確かに我が家の風向きは変わったような気がします。

後遺症は残すものの父の病気は完治していましたし、姉の慢性疾患もゆっくりと改善に向かっていました。

 

 

そんな具合に、家族全員で這い上がってなんとかここまでやってきたのです。

 

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しかし今振り返ってみると、本当の意味で心が休まる時は少なかったような気がします。

 

人間なんていつ死んでもおかしくない、今回家を離れたら次帰ってきた時にはもう会えないかもしれない・・・そんな強迫的な考えに支配されていた私は、遠方の大学に通うようになってからも、とにかく頻繁に家に顔を出すことでなんとかそういった不安と対峙していました。

 

今から考えれば、男としては珍しいくらい足繁く実家に帰っていたと思います。

 

例えば遠く離れた他県で一人暮らしをしていた学生時代、最低でも年に3回は大嫌いな飛行機に乗って帰省していました。特に夏季休暇、春期休暇は長いため、一度帰れば1か月以上実家に入り浸りでした。

年末年始を実家で過ごさなかったのは、今までの人生で研修医1年目の一度きりです。

大学を卒業すると同時に親の住む地に戻り、実家から車で一時間圏内に住居を構えました。

結婚して子供ができてからも、最低月に2,3回は家に顔を出したり一緒に外食をしたり。

そして少なくとも年1回は両親と姉を含めた家族総出で旅行に出かけていました。

 

 

それもこれも、人は突然いなくなるということを痛感していたから。

来たるべき時がいつ来るかわからない以上、いつ来てもいいように常に最後と思って行動しようと。

 

格好いいことを書いているようですが、本当にそう思って二十余年(特に後半の十年)、日々を送ってきました。

 

私のこの想いを理解していたからかどうなのか、やたらと実家に顔を出したがる夫に文句も言わず付き合ってくれた嫁さんには感謝です。

 

  

 

しかし恐れていた通り、最期は突然やってきました。

 

 

一年前の年の瀬、朝の6時台に突然携帯電話が鳴りました。

着信表示で実家からだとわかった瞬間、体中からアドレナリンが噴き出るのがわかりました。

よほどの事情が無い限りこんな時間に電話をかけてくるわけがありません。

良からぬことが起こったということは明らかでした。

 

嫌な予感は的中し、唐突に母から父が死んだと告げられました。
 

 

そこから先のことは断片的にしか覚えていません。

そしてその状況を具体的に書けるほどにはまだ傷が癒えていません。

 

毎日覚悟して暮らしていたと豪語したわりには、この不意打ちをなかなか受け入れることができなかったのです。

なんのかんのとあと10年くらいは細々生きてくれるのではなかろうかと、甘いことを考えていましたから。

 

それくらいに突然のサヨラナでした。

 

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しかし後悔はほとんどありませんでした。

 

もっと一緒にいればよかったとか、もっと孫に会わせてやればよかったとか、もっと思い出を作ればよかったとか・・・・そういう思いは一切無かったのです。

少なくとも自分としては「もうこれ以上は無理でした」と言い切れるくらい、とにかく傍にいたと思います。

時間的・空間的にだけではなく、精神的な面も含めて。

 

もうすでに一生分の心配をし尽していたんだと思います。

 

今となっては、できなくなってしまった後に「やっておけばよかった・・・」と後悔せずに済んだことだけが唯一の慰めです。

 

  

後悔は無かったのですが、納得もできませんでした。

このあまりに唐突な幕切れに、何に対して怒りをぶつければいいのかがわかりません。

あれだけの病気をしたのに20年以上も生きることができたじゃないか、頭ではそう思っても気持ちがついてこないのです。

 

人付き合いが苦手で友達が少ない私にとって、家族は最小単位で最大単位なのです。

その数少ない一人を奪われたのは大打撃でした。

一体どのようにこの現実と向き合えばばいいのかわからず、いつも苛立っていました。

 

 

しかしあれから1年が過ぎ、少しだけ心境に変化が出てきました。

当初は出口の見えないトンネルの中でひたすら悲壮感と格闘していました。

だけど、最近になって悲しみの質が変わってきた気がするのです。

時間をかけてほんの少しだけ角がとれ、丸みを帯びてきた感じです。

とは言っても、いまだに狭心痛のような発作で服の上からギュッと胸を掴んでしまう瞬間は多々あります。

それでも少しずつその回数は減ってきました。

 

 

去年の今頃、どうやってこの悲しみを乗り越えればいいのかわからずに悶々としていました。

そして今、その答えが少しだけ見えてきた気がします。

まだ文章にできるほどはっきりとした答えではありません。

しかし漠然と、きっとこの悲しみは乗り越えるべき類のものではないのだろうと。

乗り越えるのではなく、長い年月をかけて胸の内で熟成させていくもの。

どのように熟成が進んでいくのかは、生前の関わり方と死後の心の持ち方次第。

そんな気がしてきたのです。

 

 

 

神社仏閣を訪れた際、賽銭を投げた後に祈る内容はいつも同じでした。

~家族全員が健康で安全に長生きできますように

 

 

しかし最近になって祈る内容が少しだけ増えました。

~家族全員が健康で安全に長生きできますように

~死ぬときに怖い思いや苦しい思いをしませんように

~できれば淋しい思いもしませんように

 

 

ようやく私は、死ぬということを本当の意味で理解しつつあるようです。

Amazonに物申す

Amazonで買い物をすると、頼みもしないのにコチラの購買履歴から勝手に推測して「お客様におすすめの商品があります」 とかってメールがバンバン送られてくる。

 

そしてつい最近、こんな商品を勧めてきたのだ、Amazonが。

 

 

シリコンチューブ 4mm×6mm MGJG-4.0

シリコンチューブ 4mm×6mm MGJG-4.0

 

 

 

・・・・なんか失礼なヤツだな

 

何が失礼かはうまく説明できないけど・・・うん、なんか失礼だわ

 

一体全体コレ使ってボクに何をやらせたいんだ君たちは

 

あいにくボクはそんな趣味なんて持ち合わせちゃいないんだよ

 

コレ使ってあーだこーだ、そんなことボクにはできませんよまったく・・・

 

 

なんの使途かようわからんものをお勧めされて不愉快やら不安やら、色んな感情が入り混じってちょっと取り乱した。

 

そんな趣味は持ち合わせいていないとか言いながら、そんな趣味がどんな趣味なのかすら皆目見当もついていない。

 

このメールは即ゴミ箱にポイしたのだが、結局気になって調べてしまった。

シリコーンチュウブとやらを。

 

もう完全にAmazonの思う壺。

 

 

 

調べてみるとなるほどなるほど、シリコーンチュウブには色んな使いみちがあるようだ。

中空になっているのがミソらしい。

 

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断熱性を利用して、コップの取っ手につけてヤケド防止にしたり。

 

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ハンガーの上に通して滑り止めにしてみたり。 

 

 

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名前は知らないが、こんなオシャレ七輪みたいなやつの足に被せて動かないようにしたり。

 

他にも紐に通したり自転車の部品につけたり霧吹きのチューブ替わりにしたり、とにかくいろんなところで大活躍のシリコーンチュウブ。

 

こりゃアイデア次第でまだまだ隠された使い方がありそうですな。

 

 

 

それはわかったのだが、問題はそこではない。

危うく本題をすり替えられるところだった。

 

問題はなぜAmazonが私にこのシリコーーンチュウブを勧めてきたのか、だ。

 

最近これに繋がるなんか買ったっけな~??

 

 

 

あっ、コレだわ↓↓

ソト(SOTO) フィールドチャッカー ST-Y450

ソト(SOTO) フィールドチャッカー ST-Y450

 

 

唐突に炙りたくなったんだった、食材を。

 

そのためにわざわざ購入した、ガスボンベに着脱可能なバーナー。

 

買った当初は粋がって刺身やら肉やらチーズやらムダ毛なんかを炙り倒していたのだが、案の定台所の肥やしとなりつつあるガストーチ。

 

コイツを購入したがために、アウトドア派と勘違いされてからのアウトドア系オシャレ七輪つながりからのシリコーーーンチュウブ。

 

 

なるほどねぇ・・・・

こじつけてきますな~Amazonさんよ

 

そんなボクから少しだけ言わせて欲しい

 

 

 

ボクはどちらかというとインドア派だ

 

虫が怖いから

 

いいかAmazon

 

 

憶測でモノをいうのはよせ

アイツにまつわるエトセトラ

3歳になった次女は、かなりはっきりとモノをしゃべるようになった。

 

 

とある休日。

何が気に入らなかったのか、兄妹と遊んでいる最中に突然不機嫌になった次女が、リビングのソファの周りをグルグルと回りながら早口で言い始めた。

 

「あ~~~~~っもぅがっまんできなぃ」

 

無表情で俯きながら。

ものすごい早口の小声で。

独特のイントネーションで。

”もう”の前にちっさい”ン”が入る感じで。

 

 

「あ~~~~~っもぅがっまんできなぃ」

 

「あ~~~~~っもぅがっまんできなぃ」

 

 

イラつきを何にぶつければいいのかわからない、といった感じ。

兄妹のことは自分達で解決させたいのだが、あまりにしつこく繰り返すもんだから「なにが?」って聞いてみたところ、こちらの問いかけをガン無視。

 

そしてしつこく繰り返す。

 

「あ~~~~~っもぅがっまんできなぃ」

 

 

「あ~~~~~っもぅがっまんできなぃ」

 

 

 

「だからどうした?なにが我慢できないねん??」

 

そしたら急に口をへの字に曲げ、今にも泣きだしそうな顔で

 

 

「・・・・・うんこ」と。

 

 

お腹痛いねんな・・・・・トイレ行こか

 

 

 

一部始終をビデオに収めてなかったのが悔やまれてならない。

 

 

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次女が産まれる前。

長男が3歳、長女が1歳になりたての頃の話。

 

父はリビングのソファに座り、長男はカーペットの上をゴロゴロしていた。

 

転がりながらふとソファの下に目が行った長男、そこにあるものを見つけてこう呟いた。

 

 

「あ、うんこ落ちてる・・・・」

 

 

 

頭が真っ白になった。

  

何を隠そう、私はウンコが大の苦手なのだ。

もちろん子供達のオムツも替えるしトイレにも行かせるのだが・・・・

 

しかしできれば嫁さんにはウンコ処理班班長として任務を独占して頂きたいくらいに、できる限りウンコとは縁のない生活を送りたいと切に願っているタイプなのだ。

 

あり得ない場所にウンコが落ちている(かもしれない)という想定外の出来事に完全に自分を見失った私は、ソファから飛び降りると床の上に四つん這いになり、「どこどこ!?どこに!?」とか言いながらお尻を突き上げてソファの下に顔を突っ込んだのだ。

父の威厳などクソくらえ!だ、ウンコだけに。

 

 

そしたら・・・・・

 

 

落ちてるわ、確かに

 

なぜこんなトコにこんな危険なシロモノが落ちてんのよ・・・

 

 

もう頭が真っ白になった私は、99%ウンコだろうと思いながらも残る1%の可能性を信じてこう叫んだ。

 

 

「デカいかりんとうが落ちてるわ!!!」

 

 

 

・・・・・・言霊ってあると思うから

 

 

 

 

すぐに嫁を読んでティッシュで取り出してもらったところ、しっかりウンコでした

 

 

なぜあそこにウンコが落ちていたのか、未だに我が家の七不思議として語り継がれている。

 

当時1歳だった長女が何かしらこの事件に関与している可能性が高いことは上層部しか知らないトップシークレットである。

 

 

 

もう一つくらいエピソードをご紹介したかったのだが、意外に長くなってしまったのでまたの機会に。。

 

困ったときの鶏ガラ頼み

先週は長男がヒドイ下痢で。

ようやく峠は越えたが、途中で血便に変わったときはちょっとだけ焦った。

 

なんか怪しいもん食べたっけ?

まさか・・・・・O-157ではなかろうな

 

親バカとは思いながら、念のため便検体を病院へ提出→結果はもちろん陰性。

 

危ない下痢じゃなければあとは嵐が過ぎるのをじっと待つだけである。

 

 

ちなみに下痢で一番怖いのは水分と電解質の喪失。

この時期の外来は下痢患者も多いのだが、どうせ飲んでも下から出るだけだから水分は摂りません、なんていう危険な人をよく見かける。

実際は下痢が酷い時ほど水分を摂らなければならない。できればポカリスエットなど、電解質を含むスポーツドリンクを混ぜて。

それができないほどの凄まじい下痢であったり、嘔吐を伴って水分がとれない場合はすみやかに病院を受診するべきである。

あと、安易な下痢止めの使用も危険なのでご注意を。

 

 

 ま、それはともかくとして、ようやく週末あたりから下痢が止まってまともに食えるようになってきたのだ。

 

 

さて、それでは何か滋養があって消化に良いお食事でも

 

こういう時頭の中に鶏ガラスープしか思いつかなくなったということは、脳ミソのシワが年相応に減ってきている証拠だろう。

 

とにかくもう体調不良ときたら鶏がらスープ、そういう短絡的な発想しかできないのだ、私は。

確か過去にも同じような記事を書いたことがあるハズ。

 

 

だけど今回、私は腹の内にどデカい野望を隠していたのだ。

 

 

いつもとは一味違う鶏がらスープを作ってやるぜ

 

具体的なプランは・・・・・

 

とにかく鶏ガラを大量に使う

 

以上。

 

ということで、家庭用圧力鍋で作るにも関わらず8羽分もの鶏ガラを買ってきてやった。

嫁と協力して家の周りのスーパー6店舗も回って掻き集めるという涙ぐましい努力が隠し味だ。

 

そして大量の鶏ガラの下処理。

 

4羽くらいでも十分おいしいスープになるんじゃね?という悪魔の囁きを振り払い、黙々と8羽分の内臓を取り除いては骨を刻んでいく。

 

いくら圧力鍋がデカいとはいえ、さすがに家庭用の鍋で8羽分一気にスープを取るのは不可能だ。

面倒だが4羽ずつにわけ、2度に分けて圧力をかける。

その後2つのスープを合体させ、棒で骨を砕きながらひたすら弱火で煮込み続ける。

 

 

できた、完成だ

 

いつもより鶏ガラ多め、一体どんなお味になるのか・・・・

 

 

パンダ食堂臨時メニュー。

初日は鶏鍋、二日目は鶏雑炊、三日目は鶏ガラ醤油ラーメンに決定。

 

 

鍋の写真をアップしようと思ったのだが、人んちの食いかけの鍋の写真なんて気持ちのいいもんではなかろうということで自主規制。

 

ただこの鶏ガラ感だけは何としても伝えたかったので、1枚だけご勘弁を。

 

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うっとりするような白濁っぷり。

この中に8羽分の鶏ガラエキスが濃縮されている。

味付けは塩とナンプラーと醤油を少々。

 

正直、今まで食べた鶏鍋の中で明らかに一番旨かった。

病み上がりの長男も食の細い長女も味覚が発展途上の次女も好き嫌いの多い嫁さんも、満場一致でこれは旨いと。 

 

結論:鶏ガラスープを作る時は、時間と手間が許す限りできるだけ多くの鶏ガラを使う方が良い。おそらく多ければ多いほど旨い。

 

 

鶏ガラなんて1羽100円以内なんだから、冷静に考えるとこんなにコスパのいい食材は少ない。

 

今回は8羽から5L程度のスープを取ったのだが、次回は10羽で5Lの濃厚スープにチャレンジしてみようと思う。

胸がザワつくこんな夜は

今週のお題「ブログ初心者に贈る言葉

 

米津玄師って誰だ?

今巷ではものすごく流行ってるらしいじゃないの

ほんとにみんな知ってたの?

 

 

そもそもオレはこういうのに疎いからな

 

山崎まさよし斉藤和義が同じジャンルだと思ってたからな

「城の崎にて」を書いた人は?って聞かれて頭の中をスガシカオがぐるぐる回ってたからな

答えは夜空ノムコウに、なんてね

 

 

例えがイチイチ昭和臭いしな

もう平成も終わるというのに・・・

 

 

まぁとにかくだ

つい最近までこの米津玄師とやらを知らなかったのだ

 

大体において読めない漢字には近付かないタイプなのだ

 

 

しかし危なかった

次の歓送迎会、丸腰でカラオケに乗り込むところだった

また一人ポツンと座って、いかにも”知ってましたよ”的にワンテンポ遅れた鼻歌でごまかすところだった

 

 

 

実際に「Lemon」聞いてみたら意外にやるじゃないの、玄ちゃん

メロディすごくいいわ

 

メロディはね

 

 

歌詞の方は・・・・

 

まぁ正直俺のリリックといい勝負かな

これくらいなら俺にだって書けるわとか、そこまで露骨には言いませんけどね

 

 

でも実際書いてたしね、Lemonみたいなやつ

題名もそっくりでね

 

もしかしてパクられた?

 

まさかね

 

 

ちなみに自作のポエムのタイトルは「Lemonの器(レモンのいれもん)っていうんだけどね

 

読み方にこだわってみました

 

レモンが二つ入ってる時点でオレの方がちょっと有利

果汁感増し増しだ

 

揺れ動く乙女心を繊細なタッチで書き上げた珠玉のポエム

 

よもや乙女の正体が四十路過ぎのオヤジだなんて誰も気づくまいて

 

自分で言うのもなんだけど、ここで公開できないのが残念でたまらない

 

 

なぜ公開できないのかというと、嫁さんと約束したからね

 

昔このブログに「全部君のせいさ」っていうポエムをリリースした時、もう金輪際ポエムは書かないでくださいって懇願されてしまったからね(ポエムっていいよね - パンダ組の日常

 

 

あのポエム、反響すごかったんだけどね

普段は閑古鳥が鳴いてるこのブログ、あの時ばかりはPV二桁いったもんね、二桁

  

 

 

 

もう何を書いているのかさっぱりわからない

 

 

 

一体どうしてしまったんだ、今夜のオレ・・・・・

 

 

 

 

・・・・・あっ

 

 

きっと嫁さんとケンカしてるからだわ

 

もうかれこれ三日はまともに口きいてないからな

 

 

 

さてと

 

そろそろお見舞いしてやるかな、オレ様の必殺技

 

 

  

ジャンピング土下座 

 

 

※反射的に今週のお題に乗っかってしまいましたが、基本的に贈れるものが何一つ無いんです。

そもそも自分だってまだ初心者マークが外れてません。

まぁこんな内容書くようになったら末期だなとか、ネタが無いなら書くなよなとか、そんな風に反面教師にしてもらえたら本望です。

奇跡のゲーム リバースリバーシ

過去にも一度書いたが、我が家ではリバーシオセロ)が流行っている。

流行っているとは言っても私と嫁さん、長男の三人だけなのだが。

 

ちなみに圧倒的な強さを誇るのは何を隠そうこの私。

長男はおろか、嫁さんすら私に勝つことはほぼ不可能なのだ。

 

 

家庭内にもはや敵なし

 

 

孤高の人となった父。

正直ちょびっとつまらない。

 

それなら手加減すればいいのだが、子供相手でも決して手を抜くことはない。

負けるのが嫌いだから。

 

 

だけどさすがに子供には花を持たせてやりたい・・・

 

でも手を抜いてワザと負けるのはイヤ・・・

 

 

揺れ動くおやじゴコロ。 

この二律背反に苦しみ抜いた結果、私が編み出した究極のオセロ。

 

それこそが「リバースリバーシなのである。

 

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大袈裟な前振りのわりにルールは至って簡単。

 

相手がイタイケな子供であろうと新垣結衣であろうと、ただただ本気で潰しにかかるだけ。

もはやグウの音も出ないように、情け容赦なく追い詰めていく。

 

追い詰めて追い詰めて、「もうダメだ、オセロなんかやりたくない・・・」という失望の色が相手の目に浮かんだ瞬間、

 

 

りばあぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!!!

 

 

と大声で叫ぶ。

 

驚く相手を尻目に盤を180℃回転させる。

黒と白も交代する。

どのタイミングで交代しても、続きの一手は必ず相手から始めさせる。

 

 

以上。

 

ま、簡単に言えば黒だった人が白、白だった人が黒になるだけ。

 

 

なんとも簡単なルールであるが、私のように一見純度100%のSに見えて実はその奥底に燃えたぎるMを併せ持つ人間にとって、この「リバースリバーシ」は鳥肌ものなのだ。

 

 

近い将来悶え苦しむ自分を想像しながら、今目の前の敵を無慈悲に追い詰める

 

追い詰める快感と結果的に追い詰められる恐怖を同時に味わえるこの贅沢

 

 

・・・・そろそろか?そろそろなのか??

 

リバースを叫ぶギリギリのタイミングを窺う

 

いーやまだいける、もっと限界まで

 

いかん、そろそろヤバイ・・・・

 

いーやまだだ、あともう少しだけ

 

ダメだダメだホントにヤバイ、ヤバすぎる・・・・

 

ほんとダメだってこれいじょ・・・・・あっ

 

 

 

快楽を追求するあまりにタイミングを誤ると、このように取り返しのつかないことになるのでご注意を。

 

 

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主に踊ってます

新年早々風邪を引いた。

 

実家から帰って以降、正月は断固どこへも出かけたくないオーラを全身に纏い、近くの公園へ散歩に行く以外の全てを拒絶して家の中でダラダラと過ごしていた。

 

・・・・子供達よ、スマンヌ

 

 

ゴロゴロしながらテレビを見ていると、ニュース番組かなんかで年末年始も休まずにずっと診療を続けている開業医が特集されていた。

 

なんでもその昔大学の救急部でバリバリ働いていたお医者さんであり、「断らない医療」をモットーに、クリニックなのにバンバン救急車を受け入れている猛者らしい。

 

晦日の夜まで外来診療をして、やっと終わったと思ったら今度はCPA(心肺停止)患者の受け入れ要請があり、それも引き受けて心臓マッサージやらなんやらの心肺蘇生をして最後の看取りを終えるともう真夜中でしたよ、明日は元旦だけど普通に診療でっせ、みたいな流れ。

 

そこで一旦CMに。

 

知らぬ間に入っていた肩の力を抜く。

 

いやぁ、これこそ医者のカガミですな

 

そんなことを思いながらふと横を見ると、いつになく真剣にテレビを見つめている長男と長女(次女は難しすぎて興味なし)。

 

 

おや、オマエたち意外とこういうの興味あんの??

仮面ライダーとかプリキュアだけじゃなくて??

 

 

それならば、とチョットだけ父の威厳を誇示してみることにした。

曲がりなりにも私の診療科においてCPA対応は必須の業務である。

 

 

「なぁなぁ、実はお父さんも仕事でこんなことしてんねんで」

 

 

その時の長男長女の表情が忘れられない。

テレビに釘付けのまま長男は目を丸く見張り、長女は言葉を失ったように驚愕している。

 

 

(長男・長女)「・・・ホンマにこんなんしてるの!?」

 

(父)「おうホンマや、一応ちゃんと働いてるねんで」

 

(二人で顔を見合わせて)「ホンマに???ウヒヒヒヒヒ」

 

 

そうそう、お父さんだってちゃんとね・・・・・・えっ?ウヒヒヒ??

 

 

なぜ笑う???

 

 

そこでテレビに目を戻すと・・・

 

私が「こんなことしてんねんで」と言ったまさにそのタイミングはCM中。

 

クボタのトラクターかなんかの宣伝で、長澤まさみを先頭に浮かれた集団が田んぼのあぜ道を踊り狂って行進していた。

 

ハッピとか着て。

 

阿波踊りみたいなやつ踊って。

 

 

 

まさか・・・お父さん仕事でこんなことしてんねんでって・・・・

 

 

・・・踊ってるって思ってません?

 

 

 

「お父さん、こんなんして踊るのが仕事なん???」

 

 

・・・・やっぱ思ってました。

 

 

 

それ以来、子供達はクボタのCMが流れる度にニヤニヤ笑いながら

「これお父さんの仕事やで」

と囁き合うようになった。

 

 

もうどうでもいい。

父の仕事を理解してくれる必要もない。

 

 

ただ・・・・

 

 

外で変なこと口走るのだけは絶対ヤメテくださいお願いします

 

 


長澤まさみが100名とダンス クボタ・ブランドCM『壁がある。だから、行く。 日本アグリロボ』篇&メイキング