パンダ組の日常

~だんご三兄妹をめぐるカオスな日常~

火花

医局の横には職員専用の小さなトイレがある。

 

その小さなトイレには小便器が二個、対側には大便器が二個。

小便器の隣、入り口を入ってすぐのスペースにはこれまた一人分の手洗い場。

小便器と大便器の間の通路は人一人がギリギリ通れる幅しかない。

とにかく狭いのだ。

 

このトイレに大人が二人入るともう閉塞感でいっぱい(大便器の個室に入れば別だが)。

本来なら先に入った人間が一番奥の小便器を使うべきなんだろうけど、もし後から誰かが入ってきた場合、先に用を足し終えた後に手洗い場まで体にあたらないようそーっと背後をすり抜けていかなければならないのが凄いストレス。

だから私は手前の小便器を使うようにしている。

例え後から入ってきた人が奥の便器を使うために私の背後をすり抜ける際肩がぶつかって大参事になろうとも、私は一切文句を言うつもりはない。

 

 

この狭いトイレで一番気まずい瞬間。

それは小便器使用中の二人がほぼ同時に用を足し終えた時だ。

もう少し具体的に言うと、ほぼ同時だけど実際にはちょこっとだけ奥の小便器を使っている人間が早くフルフルし始めた時だ。

そんな時、何も考えずにこちらまでフルフルしてしまうと、便器を離れるタイミングが丁度重なってしまって

「あっどうぞどうぞ」

「いやそちらこそ、お先にどうぞどうぞ」

みたいな面倒くさい状況になってしまう。

 

このクソ狭い空間で肩を寄せ合いながら。

 

だからそういう場合は大概手前の便器を使っている人間が先に手洗い場に向かうのだが、手を洗い終わるまでの一部始終をすぐ後ろでじっとり見られるのはこれまた凄いプレッシャー。

本来小便後はササッとしか洗わない主義なのだが、見られてる気がするといつもより丁寧に洗ってしまうのが悲しい性。

だけどあまりに時間をかけてしまうのも別の意味で結構気まずい。

そんなことを色々考えると疲れてしまうのだ。

 

 

というわけで、たまたまこの狭いトイレで不運にも他人とバッティングしてしまった場合、私は全神経を集中して自分が先に出るか、はたまた相手を先に行かせるかを判断する癖がついてしまった。

 

相手が若い人間だったら話は簡単、先に入った方が先に出ればよい。

尿速なんてそんなに変わりはしないのだ、大概は先に入った方が先に終わる。

問題は相手が御年配であった場合。

この時は全身をセンサーにして情報を収集せねばならない。

 

その際最も重要になるのは音。

音から尿勢を推測し、前立腺肥大による排尿障害の有無を判断するのだ。

 

例えば自分が後からトイレに入ったとする。

ゴソゴソと準備してるように見せかけながら聞き耳を立ててしっかり情報収集し、先方の尿勢が乏しいと判断された場合、スリップストリームから一気に抜き去るか、はたまたこちらも速度制限して相手を先に行かせるかを瞬時に判断する。

 

もう一つ大事なのは振動覚。

いくら相手が尿勢に乏しいと判断されても、こちらより相当早くから事を始めていればさすがに勝ち目がない。

彼が今全行程のどのあたりにいるのか、駆け出しなのか道半ばなのかそれとも終了間際なのか、そこまで推察せねばならない。

そのためには男子特有のフィニッシュスタイル、「フルフル」へ移行しそうな気配を全身で感じ取る必要がある。

そのモーションへ入ろうとする瞬間の気配(空気を伝わってくる僅かな振動的な何か)を逃さずキャッチするのだ。

もはや職人技だ。

 

 

 

さて、日々そんな緊張感と共にそのトイレを使用している私にとって屈辱的な事件が起きた。

つい先日の話だ。

小用のため、誰もいないトイレで悠々とチャックを下ろした時のこと。

突然トイレのドアが開いて誰かが入ってきたのだ。

横目でチラ見すると、どうやら私と同じ年の医者のようだ。

その医者は申し訳なさそうに私の背後を肩をすぼめて通り抜け、二つ並んだ奥の方の小便器の前に立った。

 

ちっ、タイミングわりぃな・・・・

とっとと済ませて早く出ちゃお

 

そう思ってアクセル全開でブッちぎろうとした瞬間、非常事態が私を襲ったのだ。

 

 

 

や、ヤベぇ・・・・・・

 

 

 

 

 

オナラ出そう・・・・・

 

 

 

 

私の脳内をイエローフラッグが忙しげに翻る。

 

 

 

速度制限!!速度せいげ~~~~んっ!!!

 

 

 

人間の体とは不便なものだ。

オナラを我慢しようと肛門括約筋をキュッと閉めると、連動して尿道括約筋までキュッと閉まってしまうのだ。

 

ここで私の取れる選択肢はたったの二つ。

 

屁をこきながらさっさと用を済ませてその場を立ち去るか

屁を我慢して隣人が先にトイレを出ていくのを黙って見送るか

 

それ以外に都合の良い選択肢はない。

まさに二律背反、アンチノミー

 

 

未だ恥じらいを捨てきれない私は当然後者を選択。

仁王立ちのまま尻の筋肉をキュッと絞る。

もちろん出るべきものは一滴も出ない。

私の周囲だけを静寂が包み込む。

 

 

 

後から入ってきたヤツは間違いなく異変を感じ取っていた。

別に彼がサトラレじゃなくてもそれくらいのことはわかる。

ヒシヒシと感じるんだ。

 

 

えっ、この人・・・・前立腺肥大?

確かオレと同い年じゃなかったっけ??

この歳でもう排尿障害あるの???

 

・・・・・お気の毒さまぷぷぷっww

 

 

 

 

奴は絶対そう思ってた、心の中で。

そしてオレを嘲笑ったに違いない。

そうに決まってる、反論なんて聞きたくもない。

 

 

 

呆然と立ち尽くす私を尻目にヤツの勝利のフルフルが始まった。

マウンティングを獲った者の余裕のフルフル。

 

 

奴は知らない。

そんな彼の陰で私が小刻みにフルフルしてたことを。

 

 

それは決してフィニッシュのフルフルなんかじゃないんだ。

もっと哀しいフルフル。

若くして前立腺肥大による排尿障害持ち」というレッテルを貼られたオレの魂がフルフルしてたんだ。

 

魂フル(たまふる)なんだ。

 

 

 

用を済ませた彼は肩をすぼめながら申し訳なさそうに私の後ろを通りぬける。

 

 

ごめんなさいね~プスッ・・・先行きますね~プススッ

 

 

そしてササッと手を洗った後、悠々とトイレを後にしたのだ。

ケツをキュッと締めたまま小刻みにフルフルしてる私を一人置き去りにして。

 

 

 

 

 

はい、おしまい。

 

 

 

 

 

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