医学部は6年制である。
大学によって多少の違いはあるのかもしれないが、ほとんどの場合1~4回生までが座学、5回生が病院実習、6回生は前半に病院実習、後半は国家試験対策のための自由時間、といった構成である(少なくとも私が学生の時代は)。
そして5回生で行われる病院実習は、通称「ポリクリ」と呼ばれている。
私の大学では一学年100人を6人前後のポリクリ班と呼ばれる小グループに分け、各グループごとに内科や外科、産婦人科や放射線科といった診療科を2週間隔でローテートさせていた。
全グループが1年かけて20弱ある診療科をぐるりと一回りするのである。
各班は重複しないようにそれぞれの診療科を回るのだが、2週間の実習が終わる最終日には「総括」と呼ばれる時間帯が用意されている。
総括は通常その診療科のトップ、すなわち教授が担当する場合がほとんどである。
総括の内容は各科それぞれであるが、多くの場合2週間の感想やミニレクチャー、簡単な口頭試問など。
しかしいかんせん相手が教授であるだけに、学生にとって相当な緊張感を伴う儀式であることだけは間違いない。
だが実際のところ、教授といってもピンキリである。
たしかにイカツイ雰囲気の教授もいるのだが、往々にして学生に対しては優しい教授が多い気がする。
これは私の勝手な見解だが、教授ってのは実は寂しいのではなかろうか。
損得ナシで話すことができる人間が周りにあまりいないから。
だから学生相手だと長話になる教授が多いのかな、と。
ま、将来自分の診療科に入局して馬車馬のように働いてくれるかもしれない学生達の不興を買うのは得策ではない、という打算があるのかもしれないが。
さて、またしても前置きが長くなってしまったが、ここからが本題。
これは私が実際に体験したものではなく、別のポリクリ班の友人から聞いた話である。
私の学年にはTさんという女性がいた。
若く見えるこのTさん、実は再受験生で私よりも数歳年上であった。
Tさんは大人しい人で、あまりグイグイと前に出るタイプではない。
私はこのTさんとほぼ接点がなかったのだが、いつもニコニコしている印象を持っていた。
そしていつも眠そうな人。
話し方もホワッとしていて全体的に柔らかい感じ。
このTさんが属するポリクリ班の話である。
先ほど総括をする教授のキャラクターはそれぞれという話をしたが、その時彼女の班が回っていた診療科はいわゆる「イカツイ教授」が君臨する科であった。
事件はその総括の時に起こったという。
小さなミーティングルームに円形に椅子を並べ、教授を中心に6人の学生が囲むように座る。
教授がひとしきり喋りたいことをしゃべり、最後に「2週間の実習で持った疑問について、なんでもいいから質問してきなさい」というありきたりの展開を迎えたのだとか。
しかしそのポリクリ班、珍しく大人しい学生ばかりが集まっていたのかなんなのか、誰一人として積極的に教授に質問をする人がいなかったらしい。
目を見合わせては「オマエが行けよ」的な雰囲気を出していたのだろう。
これはイカツイ系の教授を最もイラつかせるパターンである。
案の定、
「なんだお前ら、2週間も回っててなにも考えてなかったのか」
と怪しい雰囲気になってきたそうだ。
学生たちの間に緊張が走る。
そこで、である。
あの大人しいTさんが、である。
さすがに”ここは最年長である私が班員を守ってやらねばならない”という思いに駆られたのだろうか。
「それでは教授、私から質問させて頂きます」
周りはホッとしたという。
これであと数分耐え抜けばこの苦行から解放される、と。
Tさんからの質問に気をよくした教授は、自分の専門分野であることも手伝ってか相当に熱を入れた解説を始めたらしい。
もともと教授というのは人にモノを教えるのが大好物の生き物なのだ(多分)。
意外に長引く解説を聞きながらも、班員たちはTさんに感謝していた。
やっぱり頼りになるねぇ、さすがは姐さん・・・
尊敬と感謝の念をこめて一人の班員がTさんにアリガトウの目配せを送ったところ・・・・・
・・・・・頭が揺れてたらしい
まさか・・・・寝てるの!?
この状況で!!??
自分で質問しといて眠れるんですか!!!???
この超至近距離で!?!?!?!?
さあここからが「絶対に笑ってはいけない」タイムの始まりである。
悦に入ってひたすら喋りまくってる教授がいつ気付くのかと冷や冷やしながら、そんなことお構いなしに傍らでコックンコックン船を漕ぐTさんを見て笑いをコラえなければならない・・・・・
想像しただけで地獄
自分がその場にいたら完全にアウトだったわ
Tさんと同じ班じゃなくて心の底から良かったと思いましたって話。