コロナの記憶が薄れてしまう前に備忘録として残しておこうと思います。
どこの病院でも経験のない状況下で似た様なテンヤワンヤだったと思うから。
バレない程度に残しとくのも悪くないでしょ。
けっこう長文です。
コロナ騒動としては比較的早い段階での話です。
休日に突然、病院から呼び出しがかかりました。
院内のある病棟から複数のコロナ陽性患者が出たため、関係者は至急PCR検査を受けにくるように、とのお達しでした。
出先から病院へ直行し、鼻の奥をごりごりほじられました。
結果は後日とのことで、そのまま帰宅しました。
同日の夕方、再度病院から呼び出しがかかりました。
今後の方針を話し合うためらしいです。
だけど私が病院へ着く頃にはもう、当日出勤していたお偉いさん方の間で話し合いは終わっていました。
遅れてきた私に対し、上司がサラリと言いました。
「悪いけど先生、明日からコロナ発生病棟の担当ね」
耳を疑いましたね。
よりによってなんでオレやねんと。
何を基準に選んどるねんと。
そんな私の不信感を嗅ぎ取ったのか、上司がすぐに付け加えました。
「コロナが発生した病棟でもともと受け持っていた患者数が多い順に、数名の先生に担当をお願いしてる。色んな人が入り乱れたらますます感染を広める可能性があるから、できるだけその病棟に出入りする人員を絞ろうと思って。一人で毎日診察するのは無理だろうから、受け持ちの曜日を決めることにした」
知らぬ間に私は月曜日と木曜日の担当になってました。
我が国には「じゃんけん」と呼ばれる素晴らしく公平な決裁システムがあることを上司に対して一から懇切丁寧に説明してやろうかと思いましたが、このおっさんに何を言っても変わるまいという虚無感から無駄な抵抗はやめました。
色んな思いをグッと腹に収め、黙って頷いておきました。
だけどその後に続く言葉にエグられました。
「先生は週明けからコロナ病棟担当だから、他の病棟にいる受け持ち患者については別の医者に担当してもらう。だから先生は今後、他の病棟をあまりうろつかないように。周りにコロナうつしたらアレだからさ」
和ませようと思って冗談半分で言ったんでしょうけどね。
だけどエグられました。
うつること前提?・・・オレ、家にちっさい子供が三人もいるんですけど
近くには高齢の親も住んでるんですけど
ウチの家族はどないなってもええってことでしょうか??
その時思いましたね。
こんな病院辞めてやろうって。
結局俺らなんて使い捨てカイロみたいなもんだなって。
だけど誰かがやらないといけないのもまた事実です。
私が断ると次の誰かが投入されるだけ。
選び方に不満がない訳なんてないのですが、ここでガタガタ言っても仕方がない。
医者になるって決めた時からこういう日が来ることをなんとなく覚悟してたような気がしないでもないし・・・。
だから意地でも最後までやってやろうじゃないのって思いました。
そんでもって落ち着いたら辞表を叩きつけてやろうって。
書いてて思ったんだけど、神風特攻隊員ってこんな気持ちだったんでしょうかね。
いや、彼らはもっと純粋か。
そんなこんなでコロナ病棟に出入りする生活が始まりました。
とは言っても私の担当は月曜日と木曜日だけ、それ以外の日は特にやることもなくヒマです。
だけど担当の日は決死の覚悟でした。
当日はジャージ姿で病院に向かいます。
着いたら術着に着替え、帽子やらマスクやら防護服やらを着用して病棟に入ります。
だけど当時、マスクにしてもガウンにしても品薄状態で充分な在庫がありませんでした。
医療用の帽子が手に入らなくて、仕方なく水泳帽をかぶって仕事してたのも今となっては楽しい思い出です。
言い過ぎました、今思い返しても大して楽しくありません。
病棟の中で指示出ししたり回診したり、はたまた患者さんのご家族に現状を電話で報告したりしながら数時間の業務を終えると、あとは呼ばれない限りひたすら待機です。
しかし一旦病棟に入った人間はなんとなく汚染物扱いですから、おいそれと歩き回ることもできません。
ただただ身を小さくして業務終了時間を待つだけです。
業務が終了してからもひと仕事です。
まだコロナとかいう敵がいかなるものなのかはっきりとわからない段階でしたから(今もあんまりわかってませんが)、神経質な私はとにかくヤツらを家に連れて帰らないように細心の注意を払いました。
職場でシャワーを浴びるのはもちろんのこと、術着を脱いでジャージに着替える前にパンツ一丁になり、手持ちの次亜塩素酸水(次亜塩素酸ナトリウムではありません)を頭のてっぺんからつま先まで万遍なくスプレーするのです。
もちろん、履いてた靴の裏面まで丹念にスプレーします。
気になる部分には、例え眼球であろうが鼻の奥であろうがスプレーしまくりました。
少し喉がイガイガするように感じた時には、口を大きく開けて喉の奥にもスプレーしました。
歌手の小金沢君もびっくりだわ、そんな使い方はフィニッシュコーワくらいにしとけってね。
実際のところ次亜塩素酸水は粘膜はおろか、そもそも人体に使用することすら推奨されていないようなので、みなさん決してマネをしないでください。
それくらいおかしくなってたんですね、当時の私は。
ジャージに着替えて家に帰ると、子供達が不用意にこっちに近づいてこない様、嫁さんにあらかじめ好きなアニメでも見せといてもらってるうちにササッと脱衣場に向かいます。
ジャージと下着を脱いですぐに洗濯機に放り込んだらスイッチオン、その間にもう一度シャワーを浴びて全身くまなく洗い流します。
これでもかってくらいに何回も何回もゴシゴシ洗います。
体中の油分を根こそぎ持ってかれるくらいに洗い流したらようやくお勤め終了、長い長い一日の終わりです。
そんな日々が何か月か続きました。
途中からはさすがに慣れましたけどね。
私は鈍感な方だからすぐに慣れましたけど、重圧に耐えきれずに辞表を出した医者もいました。
その気持ちもわからなくはありません。
去る者は追わず、です。
だけど自分は絶対最後までやりきってやろうと思いました。
そしてすべてが終わってから辞表を叩きつけてやる。
そう、私は根に持つタイプなんだ。
ちなみにコロナ診療を経験して思ったんですけど、看護師とか介護士さんの感染リスクって医者とは比べ物にならないくらい大きいですね。
もちろん重症のコロナ患者を積極的に受け入れてるような病院だと医者も同じくらいのリスクにさらされてるだろうけど。
ウチの様な院内発症のみの軽症~中等症患者を診る場合、四六時中患者に接するのってほとんどが看護師なわけです。
医者なんて後ろからエラそうに指示出してるだけ。
少なくともコロナ診療に関してはもっと看護・介護職の方々が優遇されるべきだと思いました。
だけど実際には優遇どころか冷遇でしたね。
多くの病院で患者数の激減などを理由にボーナスがカットされたのではないでしょうか。
状況を考えると仕方がない部分があるとはいえ、使命感だけではモチベーションは続かないことを国のお偉いさん方はもっと強く認識すべきだと思いました。
でも、意外と待遇の不満で辞めていく関係者は少なかったような気がします。
少なくとも私の耳に入ってくる限りでは。
何よりもやりきれなかったのは、一生懸命頑張ってるのに「コロナが出た病院の従業員」というだけで子供が通う小学校の父兄から心配の声が出てる、このままではイジメに発展しそうだから・・・という理由で辞めていった看護師がいたことですかね。
そう言えばこの病院で診察を受けるのが心配、って外来に来なくなる患者も結構いたしね。
一度コロナ患者を出してしまった病院って従業員ひっくるめてすべて悪、という風潮がまかり通ってましたからね、当初は。
学校でイジメがなくならない理由が嫌というほどわかりましたよ。
大人ですらそうなんだから、いわんや子供をやってね。
ま、一般の方が心配する気持ちもわからんではないんですけど。
自分だって無茶苦茶神経質になってたわけだし。
だけど露骨な態度を目の当たりにするとやっぱりね、こっちも人間だから。
アンタらもし自分がコロナに感染したらどのツラ下げて病院受診する気だ?ああん!?って思いましたよね、実際。
もちろん、こちらを気遣って優しい言葉をかけてくれる患者さんだってそれ以上にたくさんいたんですけどね。
なんか取り留めのない恨み節になってきたんでそろそろやめようと思います。
少なくとも今はもう一番しんどい時期を乗り切ってワクチンも打って・・・心は落ち着いてます。
絶対叩きつけてやろうって思ってた辞表も心の中で握り潰しました。
経営が傾いたであろう病院が未だ私の首を切らずに雇い続けてくれてることに感謝しなきゃな、って謙虚な気持ちすら芽生えてます。
コロナってものすごく嫌なヤツですけど、コロナ禍を経験することによって少なからず気付きがあったこともまた事実です。
だけど本気でそろそろ子供たちをマスク生活から解放してやりたいんです。
せっかくのシャッターチャンスなのにマスクが邪魔して最高の表情を撮り損ねる、そんな生活はクソ喰らえなんですよ。
もうウンザリだよ、コロナ。